大阪地方裁判所 平成7年(ワ)10513号 判決 1997年3月28日
原告
菊宮勝典
右訴訟代理人弁護士
美根晴幸
被告
佐川ワールドエクスプレス株式会社
右代表者代表取締役
吉田孝允
右訴訟代理人弁護士
田原睦夫
同
印藤弘二
同
明石法彦
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
二 被告は原告に対し、平成七年四月二五日以降毎月二五日限り八〇万八〇〇〇円を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告の取締役であった原告が、従業員兼務取締役であったと主張し、取締役退任後嘱託扱いとされたのは理由のない解雇であるとして、雇用契約上の権利を有する地位の確認及び未払賃金等の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、昭和四一年四月、被告の前身であるオリエントアメリカン空輸株式会社に雇用され、昭和五四年に大阪支店長となった。原告は、平成元年六月取締役に就任した(<証拠略>)が、その際、一〇八〇万一七四九円(税込み)の退職金を受け取った。原告は、取締役就任後も大阪支店長の地位にあったが、平成六年六月六日に関空対策部長、同年九月一日に関空営業所長にそれぞれ就任した。
なお、被告は、佐川急便株式会社(以下「佐川急便」という。)の一〇〇パーセント子会社であり、いわゆる佐川急便グループの一企業である。
2 平成七年四月、被告は原告に対し、原告を嘱託として処遇する旨の通知をした。原告がこれに対し異議を唱えたところ、被告は、原告に対し、同月二四日付け内容証明郵便において、嘱託契約締結の協議を打ち切り原告との関係が存在しない旨の通知を行った。
3 原告は、平成七年三月三一日まで被告から月額八〇万八〇〇〇円の支給を受けていた。
4 被告の就業規則には、社員が被告の役員に就任したときには、当然に被告を退職する旨の規定がある(第一九条七号。以下「当然退職規定」という。)。
二 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 原告は、取締役に就任した後も、大阪支店長として勤務し、取締役就任前と職務内容にほとんど変化はなく、代表者等の指揮監督を受けていたから、なおも従業員としての地位を有していた。
就業規則の当然退職規定は、次の理由により、無効であるか又は適用されないものである。
(1) 被告の就業規則の当然退職規定は、昭和六二年に新設されたものであり、就業規則の不利益変更に当たるところ、右変更には、以下のとおり合理的理由がないので、無効である。
ア 定年前に従業員が役員に就任した場合、当然に退職したものと扱うことは、従業員の地位を著しく不安定にするものである。
イ 被告は、佐川急便グループの一員であり、企業としての自主性に乏しく、事実上親企業の意を受けた代表取締役の独裁的経営に委ねられていたため、被告においては、従業員が取締役に就任しても、職務内容はほとんど変わらず、取締役会が開かれることもなく、代表取締役を始めとする上司から指揮監督を受ける立場にあり、代表取締役以外の取締役は名目的なものに過ぎなかった。このような会社において、従業員を役員就任によって一律に退職したものと扱うことは、著しく不合理である。
(2) 仮に右変更が効力を有するとしても、原告が取締役に就任する際、原告と当時の被告代表者岡田武彦(以下「岡田」という。)との間で、右規定を適用せず、従業員としての地位を保障する旨の合意があった。
(3) 仮に右変更が効力を有するとしても、昭和六二年以来の役員就任者四名の中で本規定が適用されたのは原告のみであり、このように一律に適用がされていない規定を原告にのみ適用することは、原告を著しく不利益に扱うものであり、許されない。
また、原告は取締役就任後も大阪支店長として勤務を続け、被告の指揮監督下において従業員としての扱いを受けていたのであるから、被告が、右取扱いと矛盾する就業規則の規定を援用することは、信義則に反し、許されない。
(二) 仮に以上の主張が認められず、原告が取締役就任時にいったん被告を退職したとしても、被告は、原告を役員就任後も引き続き大阪支店長として指揮監督下に置き、その職務に変更はなく、従業員給与を支給して原告を従業員として扱ってきたのであるから、原被告間には、原告の役員就任後、新たに明示又は黙示の雇用契約が成立した。
(三) 仮に以上の主張がすべて認められないとしても、被告は、平成七年四月一日、原告に対し、原告を嘱託として雇用する旨通告し、原告は不本意ながらも同日より勤務を開始したのであるから、同日を持(ママ)って原被告間には嘱託としての雇用契約が成立した。
(四) 以上のとおり、原告は、取締役に就任した後も、従業員兼務取締役として従業員の地位を有していた(特に、原告は、被告の代表取締役である吉田孝允(以下「吉田」という。)により、平成六年五月頃取締役を解任されており、その後は従業員としての地位のみを有していた。)のであるから、平成七年四月二四日に被告が原告に対し行った通知は、解雇に他ならない。そして、右解雇には何ら合理的理由がなく、解雇権濫用に当たるので無効である。
2 被告の主張
(一) 原告は、平成元年六月被告の取締役に就任した際に、就業規則の当然退職規定により、従業員としての身分を喪失して被告を退職し、退職金規定に基づき、最大限度の功労加給金を含む退職金として、一〇八〇万一七四九円の支給を受けた。
当然退職規定は、従業員には役員に就任するか否かの自由がある以上、従業員にとって何ら不利益なものではなく、右規定の創設は就業規則の不利益変更に当たらない。また、原告が役員に就任する際に従業員としての立場を保障する旨の合意が存在しなかったことは、原告が、役員就任時に最大限の功労加給金を含む高額の退職金を受け取っていることからみて明らかである。
また、当然退職規定は、その後被告において従業員から役員に就任した茅野澄夫(以下「茅野」という。)、西出佳司(以下「西出」という。)及び石原博之にも適用されている。
(二) 原告の職務内容は、原告が取締役に就任したことにより、それ以前と大幅に異なったものとなっており、役員就任後も原告が従業員としての取扱いを受けていた事実はない。そのことは、以下の事実から明らかである。
(1) 原告は、取締役就任後は取締役として広範な権限を有することになり、特に関西地区においては日常的に行われる契約を自らの名前で締結したり、被告の本社土地建物の取得や関西国際空港営業所開設に当たり、事実上被告を代表して交渉に当たっていた。
(2) 原告は、取締役として全社的立場から資金繰り等に携わることもあり、東京の案件も含め社内すべての稟議事項について決済(ママ)を行っていた。また、原告には一時被告の代表取締役に就任するという話も持ち上がったが、原告が固持したため実現しなかった。
(3) 原告には、定期昇給や賞与の支払はなく、人事考課の対象にもなっていなかった。また、勤務時間の拘束もなく、有給休暇も存在しなかった。原告に対する報酬は会計上も役員報酬として処理されている。なお、給与明細書において、報酬を基本給と役員報酬に分け、税金や保険を控除していたのは、原告が税金面や各種保険面で不利にならないよう配慮したものに過ぎない。
(三) 原告の取締役の任期は平成七年三月末をもって終了し、同時期に開催された株主総会で再任されなかったため、原告は取締役を同月三一日をもって退任した(原告が平成六年五月頃退任させられた事実はない。登記上辞任の日付が平成六年五月三一日となっているのは、原告から提出された辞任届(平成七年三月一七日提出)に記載されていた日付に従ったためである。)。
被告は、平成七年四月以降、原告を嘱託として処遇すべく、嘱託契約の締結に関し原告と協議したが、原告が雇用関係の継続を前提としてこれに異議を唱えたため、原告との協議を打ち切らざるを得なかった。したがって、被告が原告を解雇した事実はなく、また、原被告間においては、いまだ嘱託契約は成立していなかった。
三 主たる争点
1 原告が取締役に就任した際に従業員を退職したかどうか。
2 原告が取締役に就任した際に従業員を退職したとしても、その後被告との間に明示又は黙示の労働契約が成立したかどうか。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
当事者間に争いのない事実及び証拠(<証拠略>、原告本人)によれば、原告は、就業規則第一九条七号(当然退職規定)に基づき、取締役に就任するに際し、平成元年五月三一日をもって被告を退職したものと認められる。この点に関する原告の主張は、以下のとおりいずれも理由がない。
1 当然退職規定の有効性について
原告は、当然退職規定が無効であると主張し、その理由として、当然退職規定が従来の就業規則を不利益に変更するものであること及びその内容に合理性がないことを挙げる。
しかしながら、従業員は、役員に就任するに当たり、その諾否の自由を有するのであるから、当然退職規定は従業員の雇用契約上の権利を何ら不利益に変更するものではなく、これが就業規則の不利益変更に当たるとはいえない。原告は、被告が佐川急便グループの下位企業であるため、代表取締役以外の取締役は名目的なものに過ぎず、就任後も代表取締役から指揮命令を受けるのが実体であったから、このような会社においては当然退職規定が著しく不合理である旨主張するが、争点2において判断するとおり、被告における取締役が必ずしも名目的なものに過ぎなかったとは断定できないから、原告の主張は理由がない。
2 従業員としての地位を保障する旨の合意について
原告は、原告が取締役に就任する際、原告と岡田との間で、当然退職規定を適用せず、従業員としての地位を保障する旨の合意があった旨主張し、原告本人は仮処分における審尋においてこれに添う供述をする(<証拠略>)。
しかしながら、原告の右供述も極めて曖昧であるうえ、他に右合意の存在を窺わせるに足りる客観的証拠は何ら存在しないこと、かえって、原告が取締役就任時に、平成元年五月三一日に退職したことを前提とした退職金(しかもその金額は、退職金規定上最高限度額の功労加給金を含むものである(<証拠略>)。)を受け取っていること(なお、<証拠略>には、退職金は岡田から言われてやむを得ず受領したものである旨の記述があるが、原告が当時その意思に反して退職金を受領しなければならなかった状況にあったことを窺わせる証拠はなく、信用できない。)に照らすと、原告の供述のみから右合意の存在を認めることは到底できないといわなければならない。
したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
3 当然退職規定を原告に適用することの当否について
原告は、昭和六二年以来の役員就任者四名の中で当然退職規定が適用されたのは原告のみであり、このように一律に適用がされていない規定を原告にのみ適用することは許されない旨主張する。
確かに、(人証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の後に従業員から取締役に就任した茅野及び西出は、取締役に就任した際に退職金を受け取っていないことが認められ、原告以外の者について、当然退職規定が適用されたか否かについては必ずしも明確でない部分があるが、原告は、自らの意思に基づき取締役就任を受諾し、その際平成元年五月三一日に退職したことを前提とした退職金を受領しているのであるから、前記のとおり原告がその意思に反して退職金の受領を強制されたというような事情も認められない以上、原告に当然退職規定を適用することが許されないとする原告の主張は、他の者に対する取扱いにかかわらず理由がないと言うべきである。
また、原告は、被告は原告を取締役就任後も従業員として取り扱っていたから、右取扱いと矛盾する就業規則の規定を援用することは、信義則に反する旨の主張もしている。しかしながら、前記と同様に、原告が自らの意思に基づき取締役に就任し、退職金を受領した以上、信義則の問題は生じないというべきであり、被告が原告を取締役就任後も従業員として取り扱っていたかどうかは、原告と被告との間に改めて労働契約関係が成立したか否かを判断するに当たり検討すべきであるから、原告の主張は理由がない。
二 争点2について
1 以上のとおり、原告は、取締役就任に際し、被告を退職したものというべきであるが、原告は、原告がその後も引き続き大阪支店長として被告の指揮命令のもとで稼働していたから、原被告間には、改めて明示又は黙示の雇用契約が成立していた旨主張する。そして、取締役であっても、その地位が名目的なものに過ぎず、その実態が被告との使用従属関係下において職務を遂行するに過ぎないような場合には、改めて原被告間に労働契約関係が成立したと見るべき余地があるから、以下検討する。
2 当事者間に争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、取締役に就任する前から大阪支店長の地位にあったが、取締役に就任した後も、引き続き右支店長の地位にあり、その職務内容に大きな変化はなかった。ただし、取締役就任後は、大阪支店長の従前の職務に加え、東京の案件を含めた人事等の重要事項についての稟議の決済(ママ)も担当するようになり、また、現実に取締役会が開催されることはほとんどなかったものの、少なくとも吉田が代表取締役に就任するまでは、重要事項については、原告を含む三名の取締役が定例管理職会議等の機会に協議して決定していた。
原告は、被告の大阪支店における最高責任者であり、同支店における清掃、ごみ処理等の契約書、同支店社員への通達書類等は、取締役大阪支店長として、単独で決済(ママ)していた。また、原告は、取締役就任後、南港の新社屋の建設、関西国際空港の開港に際しての関空事務所の開設等に中心となって携わった。
(二) 原告は、取締役に就任後は、年俸制による報酬の支払を受けるようになり(ただし支給は各月毎)、その年間支給額も取締役就任前よりも若干増加したが、ボーナスの支給はなくなった。また、定期昇給もなかったが、株主総会決議を受け、取締役の報酬が改定されることがあり、平成六年には、原告の報酬は月額八〇万八〇〇〇円となった。
原告は、給与明細とともに毎月右金員を支給されており、給与明細上は、原告に対する支給額が基本給及び役員手当に振り分けられ、各種保険料及び税金も控除されていたが、会計処理上は、原告に支給される金員は全額役員報酬として処理されていた。
(三) 原告は、取締役に就任した後は、タイムカードによる勤務時間の管理を受けていなかった。また、有給休暇についても特に定めは存在しなかった。
(四) 原告は、平成五年頃、退任する代表取締役中村嗣信(以下「中村」という。)の後任の代表取締役の候補に挙がったが、原告が辞退したために実現しなかった。
3(一) 以上の事実によれば、原告は、取締役に就任した後も、引き続き大阪支店長としての地位を兼ね、従前と同様の業務執行にも携わっていたことが認められる。しかしながら、<1>取締役に就任した後は、東京の案件も含め、稟議の決済(ママ)に関するようになったこと、<2>原告は、少なくとも吉田が代表取締役に就任するまでは、他の二名の取締役とともに、被告の重要事項について協議していたこと、<3>原告については、その業績が評価され、中村の後任の代表取締役の候補にも挙がっていたこと、<4>取締役に就任後は、給与(報酬)の支給方法が変わり、その全額が会計上取締役の報酬として処理されていたこと、<5>取締役就任後は、タイムカードによる勤務時間の管理を受けなくなり、有給休暇も存在しなくなったことに鑑みれば、原告が単なる名目上の取締役であったとは考えられないし、また原告が、被告と使用従属関係のもとで労務に従事していたとも判断できず、むしろ業務担当取締役として職務を執行していたと見るのが自然であって、いまだ被告と原告との間に新たな雇用契約が成立したとは認められないというべきである。
原告は、被告においては、代表取締役が全権を握っており、原告はその指示に従う他はなかったことを強調する。そして、証拠(<証拠略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成五年六月に代表取締役に就任した吉田から、他の管理職とともにレポートの提出を命ぜられたほか、研修(いわゆる地獄の特訓)を受けるように命ぜられ、これに応じざるを得なかったこと、原告は、平成六年二月一日付けで吉田によって大阪支店長を解任され、本社企画部長関空対策担当を命ぜられたこと、吉田は、さらに、原告を、同年六月六日付けで関空対策部部長に、同年九月一日付で関空営業所長にそれぞれ発令したことが認められ、これらの事実からすれば、原告は、吉田が代表取締役に就任した後は、担当業務の内容も含め吉田の指示に従って業務を執行することを余儀なくされていたことが推認される。しかしながら、吉田が代表取締役に就任する以前も同様の実態であったことを認めるに足りる証拠はないほか、右事情は、被告が佐川急便の一〇〇パーセント子会社であり、代表取締役が佐川急便から派遣されている者であったことによる、取締役会内部における事実上の力関係を示すものに過ぎないともいい得るものであって、このことから直ちに原告と被告との間に労働契約が存在したと推認することはできない。
(二) 原告が、原告、被告間に労働契約関係が成立していたことを窺わせる事情として主張する他の事情について検討する。
(1) 大阪所在の建物の賃貸借契約書や税関に対する誓約書等を被告代表者名義で行っていたこと(<証拠略>)は、右契約等の当事者が被告である以上当然であるし、被告代表者の通達等の回覧を受けていたことも、通達等の性格上当然であって、これらの事情から原告と被告との間に労働契約が存在したということはできない。
(2) 原告の報酬は、給与明細上は基本給と役員報酬に振り分けられ、各種保険料及び税金も控除されていたことは前記認定のとおりであるけれども、(証拠略)によれば、被告においては、代表取締役の報酬も給与明細上「基本給」として支給されており、各種保険料及び税金が控除されていたことが認められるから、給与明細書の記載をもって原告が従業員として取り扱われていたと推認する事はできない。また、取締役会議事録(<証拠略>)や決算報告書(<証拠略>)には、使用人兼務取締役が存在し、その報酬が役員部分と使用人部分とに分けられていたことを前提とするかのような記載があるが、前記のとおり原告ら役員の報酬は、会計処理上すべて役員報酬として処理されていたのであるから、右各証拠の存在をもって原告が従業員として取り扱われていたと推認することもできない。
(3) 原告が取締役就任後も有給休暇を有していたことについては、これを認めるに足りる証拠がない(かえって、<証拠略>の「有給残」部分の記載によれば、取締役在任中は、有給休暇が存在しなかったものと推認される。)。
(4) 原告は、原告が吉田の解任通告に基き(ママ)、平成六年五月三一日付けで取締役を辞任した旨主張し、これに添う証拠として(証拠略)を挙げる。また、登記簿(<証拠略>)上も、原告が右五月三一日付けで辞任した旨の記載がある。
しかしながら、(証拠略)には、原告が平成七年三月まで取締役の肩書を有していたことを前提とする記載があること、原告は、取締役を辞任したとする平成六年六月以降も、従前と同様の報酬を受領していたこと(<証拠略>)、税関、官公庁等との関係では、原告は引き続き取締役として職務を行っていたこと(<証拠略>)が認められるのであって、これらによれば、原告が平成六年五月三一日をもって取締役を辞任したと認めることはできない。
(5) 原告は、被告が佐川急便グループの下位に位置する会社であって、その経営方針等はすべて親会社が決定しており、被告の取締役が経営に参画する余地がなかった旨主張し、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、本店の移転、海外支店の設営等被告の経営の根幹に関わる事項が、事実上親会社である佐川急便の意向によって決定されていたことが窺われる。しかしながら、グループ企業の子会社においては、事実上その親会社の意向が経営に強く反映され、これに反する経営方針を取ることができないことは普通に見られることであり、これにより子会社の取締役の権限が事実上制限されることはあるとしても、このことから、原告が被告の従業員として取り扱われていたことが推認されるものではない。
(三) 以上総合するに、原被告間の労働契約の成立の立証はいまだされていないというほかはない。
4 なお、原告は、平成七年四月に原告、被告間において、嘱託として雇用する旨の雇用契約が締結された旨主張するので検討する。
証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成七年四月一日付けで、原告を嘱託とし、大阪支店西日本営業部関空営業所長に任ずる旨の辞令を発したこと、原告がこれに対して異議を述べ、西出を通じて吉田と交渉したが、条件等の面で折り合いがつかなかったこと、原告は、同月一七日付けの原告代理人名の内容証明郵便において、嘱託を命ずることが無効であり、原告を正社員として処遇するよう求めたこと、これに対し、被告は、同月二四日付けの被告代理人名の内容証明郵便において、嘱託契約締結協議を打ち切ること及び今後原告、被告間に何らの関係が存在しない旨通知したことがそれぞれ認められる。そして、以上の事実によれば、原告、被告間においては、原告が拒絶したことにより、嘱託を内容とする雇用契約が締結されるには至らなかったことが明らかであるから、原告の主張は理由がない。
三 以上のとおりであるから、原告の請求はいずれも棄却することとする。
(裁判官 谷口安史)